八重山諸島(やえやましょとう)にある与那国(よなぐに)島。日本の一番西に位置するその島には、飛行機で石垣空港から約25分、沖縄本島の那覇空港からは1時間半ほどで行くことができます。
1,700人ほどが暮らすのどかな島の、祖納(そない)集落に工房をかまえ民具をつくるのは、よなは民具です。
■日本最西端の島のてしごと
主な材料となるのはクバの葉です。沖縄の言葉でクバというその植物は、和名でビロウのこと。島に多く自生し、与那国町の木にも指定されています。ヤシ科の木で、とても大きな葉はアコーディオンのようなひだを持ち、伸縮性があります。与那国島では、お餅も泡盛の瓶もクバで包まれます。昔は家屋の屋根もクバで葺いていたといい、神聖な場所である御嶽に生えていることも多いクバは神の木とされてきたのだそう。
与那国島では昔から現在にいたるまで、島の植物をつかった民具が生活の道具としてつかわれています。よなは民具の代表的な商品である”ウブル”は水汲み。ウブルは今でも、島の年中行事やお葬式では香炉として用いられ、島の暮らしに欠かせないものです。50代以上の島の人はみなさっと作れるくらい身近なものだとか。
よなは民具を営むのは與那覇桂子さん。桂子さんは沖縄本島中部出身で、与那国島出身の有羽(ゆうう)さんと出会い、2011年に与那国に越してきました。
島に来てからふたりとも別の仕事をしていましたが、有羽さんは島の行事などに合わせ民具をずっと作り続けていました。小さな頃から、有羽さんは唄三線や島言葉に、桂子さんは琉球舞踊と組踊に親しみ、学んできたふたりは、島の伝統行事では大忙し。徐々に、島内だけでなく島外のショップなどからも民具の注文が入るようになり、2016年に屋号を決めて活動を始めました。
もともと有羽さんの祖父母は島の中でも民具作りに長けていたご夫婦で、それを見て育った有羽さんも自然と作れるようになったのだそう。
■島に自生する植物だけで生活道具を作る
いまウブルのほかに制作しているのは、クバ扇、団扇、カブチ、柄杓のティー(手)ウブル、流木にクバの葉をつけた箒など。結ぶひももクバの葉を割き、よりをかけて強度をつけて作ります。物によって竹を用いたり、植物だけですべてが作られています。
カブチとは、ドーナツのような丸い形に編んだもので、島の人たちが頭に荷物を載せて運ぶ時にクッションにしていたもの。今は鍋敷き、タオルかけなどとしてつかわれたり、リースとしてかざったりします。桂子さんがカブチにつけているこのマークは、与那国島独特なのだとか。与那国島のクバの葉は柔らかいといわれていて、そんな与那国島のクバだから作れる細かいものなのだそう。
クバを育てている畑につれていってもらいました。広い土地に、実にたくさんのクバが生えていました。ここは有羽さんのおじいさんがクバを植え始めた場所なのだそう。「じいちゃんが植えていてくれたから、私たちはこの仕事ができる」と桂子さんはいいます。
よなは民具は、島内で民具の販売、ワークショップを行っているほか、沖縄物産展へ参加したり、県内外のセレクトショップなどでも民具の取り扱いがあります。ときには与那国島の学校の授業で民具作りワークショップをお願いされることもあるのだそう。
桂子さん親子は、与那国馬の世話もしていて、NPO風馬(ふうま)与那国倶楽部に暮らす8頭の馬に毎日朝夕ご飯をあげにいっています。
とても明るく元気な息子さんふたりも馬が好きで、餌となる牧草刈りも自然と手伝ってくれるし、観光の方の乗馬体験の時には浜で馬を引いてくれたりも。民具づくりも、踊りや民謡も、与那国馬との関わりも、与那国島の大事なものがごく自然と生活の一部になっていったような與那覇家。
桂子さんは、昔の人たちが誰でも作っていた物を、今の人たちが素敵だと感じて買ってくれたり、体験しておもしろがってくれることを嬉しく思っているそう。そして、「何もなくても葉っぱひとつでこんな道具ができる。なんでも買うのが当たり前じゃなくて、自分の身近にある物で作れるかもしれないって感じてくれたら嬉しい」と話します。