世界自然遺産に登録された沖縄・やんばるの限界集落に生まれた、次世代につなぐ宿「やんばるホテル 南溟森室(なんめいしんしつ)」。公務員から起業家へ転身し、南溟森室を営む仲本いつ美さんに「新しい観光のあり方」について伺いました。
■やんばるの集落に点在する宿「南溟森室」とは

やんばるホテル 南溟森室は、沖縄県国頭郡(くにがみぐん)大宜味(おおぎみ)村と国頭村の集落に点在する、空き地や古民家を活用した一棟貸切の完全プライベートな宿。昔ながらの木造平家建てと沖縄のモダン建築コンクリート平家建ての宿が全部で4棟あります。今回は国頭村の集落にある「上ン根(うんにー)」という名の宿にお邪魔しました。
国道58号線の西側には穏やかな東シナ海が広がり、遠くに伊平屋島(いへやじま)や伊是名島(いぜなじま)、伊江島(いえじま)が望め、国道を挟んだ反対側に小さな集落があります。

木漏れ日が差し込むフクギに囲まれた静かな集落。細い道を進んでいくと現れるモダンな建築物が「上ン根」です。

沖縄のモダン建築として知られるコンクリート造の平屋。かつての家主から古民家の赤瓦を何かに役立てて欲しいという希望から、入口やデッキの装飾として活用しました。
コンクリートのミニマムな建物と庭の植物や芝生、赤瓦の煉瓦色が程よいコントラストを醸し出しています。

沖縄建築賞を受賞したモダン建築で、1〜2名向けの開放感あふれる大きな窓から光が差し込むキッチンとダブルベッド1台、シャワー、半露天風呂が設備された一棟です。すぐそばに森があり、早朝はヤンバルクイナの鳴き声が聞けることもあります。

画像提供:やんばるホテル南溟森室
この宿の特徴は「シェルパ」と呼ばれる水先案内人による集落案内とプライベートアクティビティです。地域をよく知るシェルパによる説明を聞きながら集落を歩くことで地域の魅力をより深く知ることができる、ネイチャーガイドやサバニ体験、郷土料理体験など、ここでしか体験できないメニューが楽しめます。また、お客様の希望を聞きながらオリジナルのツアーを組み立てることも可能です。
■集落の魅力を次世代に繋ぐ宿の役割とは

国頭村辺土名(へんとな)出身の仲本いつ美さんは国頭村役場に9年間勤めて地域の魅力や課題を改めて知ることに。国頭村世界自然遺産対策室に配属され、やんばるの価値や魅力を再認識する半面、過疎化や高齢化が進む地域の課題も見え「もっと地域にコミットしたい」という思いから起業します。
「南溟とは南の広い海を表し、森室は、海があって森がある開かれた平地の集落にある寝室と掛け合わせた造語です。自分が生まれ育った集落の魅力を次世代にもつなげていきたいという理念で起業しました」と語る仲本さん。

「フロントのある集落の人口は今では28人。高齢者も子供たちが住む都市部へ移動している現状です。」
集落の人たちの子々孫々により活性化することが理想ですが、住むにはハードルが高い現状があります。そこで、集落を存続させるために空き地や空き家になった場所を活用した宿を開業することにしました。
役場で地域の人たちとの信頼関係を築き上げてきた仲本さん。実は、島の魅力を言語化してくれたのは、移住者や観光客ということも理解していました。地域の人々と話し合い、気持ちを解きほぐすことで少しずつ観光客を受け入れるマインドを構築していきます。

画像提供:やんばるホテル南溟森室
「スタッフは新卒を率先して雇い入れ、若い人材育成に注力している」と語ります。若いスタッフたちは、やんばるの集落をに魅力とを感じ、都市部からやんばるに移住してきます。集落の清掃や、建物の管理をしながら、自信を持って観光客にシェルパとして地域を案内することで、集落が活気づいていることを語ってくれました。
■地域の声を聴いて作られる体験メニュー

画像提供:やんばるホテル南溟森室
南溟森室では「くんじゃん食の会」による沖縄郷土料理体験や「帆掛けサバニ」と呼ばれる、木造の帆掛船に船大工と乗って海風を堪能できるコース、ネイチャーガイドと共にめぐる比地大滝(ひじおおたき)ツアー、満月大潮の夜にだけ行く「イザイ漁(貝や魚をとる漁)体験」などがあります。
ガイドと一緒にめぐることで、やんばるの生き物の生態系を知ることができ、地域の人々がそれをいかに暮らしに取り入れていったかの過程や知恵を学ぶことができます。
また、住民の困りごとやアイデアが体験メニューに加わることも。例えば美容室を営む人から「持っている着物や技術を生かす場所がない」と言われれば、琉装体験をメニューに加えたり、豊年祭に通訳をつけて参加できるメニューを加えたり、南溟森室でしか味わえない体験がいっぱい。

竈門がある宿では、シェルパと一緒にご飯を炊くこともできます。南溟森室に滞在した観光客は何らかの形で地元住民との関わりが増えていく。まだ開業1年にも関わらずリピーターが多いのは、みなここで出会った地元のシェルパや地元のおばあに会いに戻ってきてくれるから。
■集落がありつづけるために見据える未来とは

仲本さんが描く未来は「集落がありつづけること」。
まずは今あるやんばるの集落に南溟森室の宿泊施設を少しずつ増やしながら、集落の魅力を理解してくれる観光客と共に活性化していくこと。
人口を増やすことは望めなくても、集落の人々と訪れる人々の関わりの点と点が増えていくことで、賑やかな時間と空気が増えていく。外と集落を繋ぎ関係人口を増やすことでできる活性化もある。
やんばるが世界自然遺産に認定登録されたことでをきっかけに、より深く沖縄の魅力を体験できるようになったりました。訪れる観光客と地域が育む場をつくり、お互いの心の豊かさが生まれるコンテンツを育んでいきたい。
「地元の人たちと観光客、両者の心を解きほぐし、訪れてくれる人を優しく受け止める受け皿になりたい」と語る仲本さん。その挑戦は、地域の声を聞きながらさらに進化していくことでしょう。