■「海想」誕生までの物語
「海を想う」と書いて「海想(かいそう)」。沖縄には、そんな海に想いを寄せた素敵な名前のお店があります。海想は、「いつも海を感じていたい」をテーマに、地球や人にやさしい素材を使い、沖縄の自然や生き物、文化をモチーフにしたアイテムを制作・販売するショップ。
現在は、那覇市平和通りに2店舗、本島北部の本部町(もとぶちょう)に1店舗、計3店舗を展開しています。各店舗によってコンセプトがあり、内装やアイテムのラインナップが少しずつ異なるため、店舗ごとにさまざまな雰囲気を楽しむことができ、また3店舗を巡ってみると、海想が大切にしていること、伝えたい世界観をより深く感じとることができるのが魅力です。
創業は1992年。「海想」誕生の物語は、代表の森洋治さんが、出身地である青森県より沖縄県へ移住したところから始まります。
「実家の家業が潜水夫だったので、自分も高校卒業後、10年近く潜水夫をしていました。沖縄へ移住しようと思ったのは、同僚が沖縄県出身で、地元に帰ってダイビングショップを始めると聞いたことから。実は、ちょっぴりダイビングのインストラクターに憧れがあったんですよね。
本音を言うと、潜水夫の仕事は家業だから仕方なく継いだという感じで、誇りを持てていなかった。そんな自分の隣で、同じ“海に潜る”仕事なのに、インストラクターがお客さん相手に楽しそうに仕事をしていて、いいなぁって(笑)。それで、その同僚と一緒に恩納村(おんなそん)でダイビングショップを始めたんです」
とはいえ、沖縄でも“海に潜る”という仕事の楽しさがどうにも見い出せなかったという森さん。もう辞めようかと考えていたとき、お客さんとのコミュニケーションから、あることに気づかされたのだそうです。
「話を聞くと、沖縄にダイビングに訪れるお客さんたちは、都会で必死に働いてお金を貯めて、この楽しみのためにすごく頑張っているんですね。だから、ダイビングができることをとっても喜んでくれるし、皆さんキラキラ輝いているんです。そんな人生最高の喜びを感じる時間に自分は立ち会えて、なんて素晴らしい職業なんだ! と。一方で、だからこそ、中途半端なサービスじゃいけないと責任感を抱くようになりました。
そこで思いついたのが、最高の思い出をモノで持って帰ってもらうこと。皆さんは都会に戻ったら、また頑張る日々が始まる。そんなとき、沖縄の海を想って身につけられるもの、部屋に飾れるものがあったらいいんじゃないか。それで屋号を『海想』と名付け、商品開発したものをお客さんに提供する仕事を始めました」
■沖縄の海のことを伝える役目
当初の販売方法は、ダイビングショップや水族館などへの卸しのみ。でもあるとき、「自分で直接販売して、お客さんの反応を見てみたい」と思い立ち、国際通りにアンテナショップを構えることに。期間は3か月限定、売り場スペースはたった机ひとつ分でした。
「接客経験もないし、人と話すのが苦手だったので不安ばかりでしたが、いざやってみると、お客さんとの会話がすごく楽しくて。それからジュゴンの存在をたくさんの人に知ってもらえたことが嬉しかった。僕はその頃からジュゴンの調査を行っていて、その存在を知っていたけど、当時はまだ広く知られていなかったので、お店にジュゴンのオブジェを飾ってお客さんに紹介するようにしていたんです。
商売する人は、“その土地のためになることをする”というミッションがあると思っています。沖縄の海のこと、生き物のことを知って大切に思うこと。それを伝える役割を少しでも担えたらという思いは当時も今も変わりません」
アンテナショップで販売したのは、12種類の海の生き物をデザインした木彫りオブジェ。森さんが魅了された宮古島(みやこじま)の作家・潜水士、新島富(にいじまとむ)さんの作品でした。
平和通り2号店に飾られている新島富さんの作品
「ダイバーの知り合いが新島さんの作品を持って来てくれたんですが、一目見て胸を打たれました。それで、いてもたってもいられなくなって、宮古島に飛んで新島さんのお宅へ。見ず知らずの僕を受け入れてくださって、ショップで取り扱いを快諾してくださって。30年以上のお付き合いでとってもお世話になった恩人だから、新島さんあっての『海想』なんです」
■人と自然にやさしく“本当にいいもの”を
1995年には、那覇市の泊港ターミナル「とまりん」内に店舗をオープン。慶良間諸島(けらましょとう)を往来する船が発着することから、主にダイバー向けに商品開発を重ねていきました。森さん自身がダイバーであることから、「こんな商品があったらいいな」と思ったものを制作。お客さんからも「こんな商品が欲しかった」と当時好評だった、マンタやクマノミをデザインしたダイビング指示棒(カンカン棒)は、今も人気のロングセラー商品です。
その後、新店舗オープンを重ねると同時に、オリジナルアイテムのラインナップも豊富に。「平和通り店」の店内を歩いてみると、ハイビスカスや月桃など沖縄の素材と、万座沖の海洋深層水を使用した無添加石けんや、万が一海で波にさらわれても、漂着ゴミにならず自然に分解され土に還るという天然ゴム100%の植物由来ビーチサンダルなど、人と自然環境に配慮したアイテムがずらり。
クジラやジュゴンなどの海の生き物が施されたオーガニックコットンTシャツは、その名の通り、100%オーガニック。農薬や化学薬品を一切使用せず、有機農法で栽培された綿を使用し、その後の染色、紡績、縫製まで、全工程において化学薬品を使用していません。
オリジナルのシャツは、高温多湿な気候でも快適に着られるようにと、麻(リネン)を取り入れたこだわりの素材。縫製は、丈夫で美しい縫い目、肌あたりのない着心地のよさを実現する高級シャツの縫製手法「巻き伏せ本縫い」。もともと沖縄にこの縫製ができる技術者がいなかったころ、森さんが知り合いの縫製職人さんに「技術を習得して海想オリジナルのシャツを作ってほしい」と依頼して実現したものです。さらに、ボタンには高瀬貝やココナッツボタンといった天然素材を使用。そして、テキスタイルは、「海想」のスタッフ自らが手がけたデザインで、サバニやサンゴなど、沖縄の海の文化が美しく表現されています。
“海洋文化”がコンセプトの「平和通り2号店」には、スタッフが併設の工房で手作りしたクジラの歯やヒゲ、夜光貝などの貴重なアクセサリーも。
「もしかしたら、クジラの素材を使うなんて……と思う方もいるかもしれませんが、うちで使用しているものは捕鯨が禁止される前に獲れたものです。夜光貝も、海人が獲った後の副産物を使っています。本来は廃棄されるものを購入して、価値のあるものとして活かす。これは、日本独自のもったいない精神、ものづくり文化の良さだと思います」
■ふだんの生活の中にあるエシカル
SDGsやエシカルの観点で語られることが多い「海想」。でも、そのことが「正直言うと、こそばゆい」と森さんは笑います。
「そういう言葉が出てくる前から、僕はもともとシャンプーや石鹸を使わないし、ペットボトルやプラ容器に入ったお弁当を買うこともほとんどない。長年スタッフと一緒にジュゴンの保護調査活動をしていたり、自分たちで職人さんにお願いして作ってもらったサバニに乗ってレースに出たり、ただ自分たちのライフワークが商品に反映されているということなんです。妥協せず自分が本当にいいと思うものを作る、そして本当にいいと思うから嘘をつかずお客さんにおすすめできる。意識しなくても、『海想』のみんなは根っからエシカルだと思うし、みんなのふだんの生活の中に自然とあってほしいというのが僕の願いです」
最長で25年以上と、スタッフの勤続年数が長いことも「海想」の特徴。「自分の仕事にプライドを持てることは大事だし、幸せなこと。働く場は、そうあるべきだと思うし、これからもそんな環境を作っていきたい」と森さん。人を思いやり、自然を思いやる。是非ショップを訪れて、そんな「海想」の思いに触れてみてください。